2014年2月21日金曜日

柳田國男 狐猿随筆 狐飛脚の話 五

ある時ぶらぶら病にかかり、巫女にみてもらうと、いつか山畠で働いていて畠の石を投げて棄てたのが、産後の狐を驚かして、そのために母狐と子狐とが死んだ。それで寡夫になった男狐が恨んでいるのだという。某村の稲荷には沢山の良い娘がある。そこへ十分なお供え物をして、どうかその一人をこちらへ嫁に遣るように願をかけてくれ。
その願いが叶うならば病人もきっと全快する。結果は近いうちに狐の嫁入りがあるからわかるとのことであった。その言う通りに一生懸命願掛けをしてさて気を付けていると、果たしてある日の夜が更けてから、向いの山の下に無数の松明の行列があった。本人はそれを見てから元気になり、今でも丈夫で毎度この話をしているという。

今一つ上州の方の話は、出来事ではなくて一般に古風な家では守っている慣例である。嫁取りの晩に、もしも狐の行列の灯を見れば、早速祝言の式を中止して謹慎する。同じ時刻に人間が婚礼をするのは、狐に対して非礼の行為であるから、必ず何らかの災いを受ける。それ故にもの固い人々は嫁入りの日が決まると、十日も前から野山に食物をもって出て狐を祭り、同じ日に狐の方の嫁入りが無いように、もしくは時刻をくりあわせてもらうように祈念するのだという。